「アフターデジタル」
本書の紹介
【基本情報】
題名:「アフターデジタル」
著者:藤井保文、尾原和啓
頁数:200p
出版社:日経BP
発売日:2019/3/23
【概要】
日本企業の「デジタルテクノロジー」活用の考え方の多くは、「オフラインを軸にオンラインを活用する」こと。しかし、先をいく世界のトップは、「すべてがオンラインになる」と考えている。筆者はオフラインがなくなる世界を「アフターデジタル」と呼び、その世界で生き残る方法を、世界の実例を交えながら紹介している。デジタル担当者はもちろんのこと、未来を切り拓くすべてのビジネスパーソンに向けた一冊。
本書のポイント
デジタル化が進む世界とその本質
エストニアでは、個人情報(資産、納税額、登記、免許等)がオンラインデータ化されていて、自由に閲覧でき、誰が閲覧したかもわかる。そしてこれらの情報に関わる行政的な手続きもオンラインで完結する(生命と結婚に関することを除く)。
スウェーデンでは、人間の体内にとても小さなマイクロチップを注射で埋め込み、電車やレストランでの支払いが行われている。QRコードですら過去の物となりつつある。
そんなデジタル化が進む世界において、特に注目される中国の例から、その本質を見ていく。
「デジタル先進国」中国のデジタル化
①「アリペイ」や「ウィチャットペイ」に代表されるモバイル決済
中国の都市部では、スマートフォン保有者の98%がモバイル決済を行っている。ショッピング、タクシーや電車の交通費、自動販売機、割り勘などの個人間のお金の交換まですべて完結できる。
②欠かせない移動インフラになったシェアリング自転車
最初に100~200元(1700円~3400円)程度の保証金を支払って登録した後は、1回30分あたり1元(17円)程度の料金で使用できる。支払いは専用のORコードを読み込むことによるキャッシュレス決済。街のいたるところにステーションが設置されており、どのステーションにでも乗り捨てができるという便利さもある。
③大手保険会社が作った医療系アプリ「平安グッドドクターアプリ」
機能は大きく3つ。1つ目はアプリ上で開業医に無料で問診を受けられる機能。アプリの問診に症状を書けば、2分以内に医師からの回答が届く。2つ目は病院予約機能。検索すると自宅から近い順に病院がリストアップされ、担当医師まで選んで予約することができる。医師を選ぶ際には、その医師の卒業大学や論文歴、受賞歴などのプロフィールを確認できるため安心できる。3つ目は歩数に応じて貯まるポイント機能。貯まったポイントを健康食品等の購入の際に使用できる。この機能の肝となるのが、1日の終わりに歩数をポイントに変換する作業が必要なこと。ユーザーに1日1回アプリを開かせることで、見せたい画面や動画を見せることができるため、テレビ広告等に高額な予算を投入しなくてもよくなる。
これら①②③のサービスのようなデジタル技術にひも付いた新しいサービスの普及によって、利用者の行動データが大量に集まると、サービスの最適化やマーケティング戦略の立案に利用することができる。利用者の行動データから潜在的ニーズを読み取ることで、最適なタイミングで最適なコミュニケーションを取ることができる。
具体的に③の例を出すと、もともとの主力商品である保険の加入が進まないとき、無料で便利なアプリである「平安グッドドクターアプリ」に登録し、使用してもらう。するとアプリの使用履歴から、そのユーザーが今何を求めているのかがわかるため、そのタイミングで役立つことができれば信頼を獲得し、保険加入へと繋げることができる。すぐの売上には繋がらないが、ユーザーに寄り添って信頼を得るということは、長く顧客を獲得することに繋がるのである。
また、行動データを利用した「ジーマ・クレジット」という新しいサービスも誕生している。「ジーマ・クレジット」はアリペイの機能の一つで、個人特性・支払い能力・返済履歴・人脈・素行から見る信用をスコア化(350点~950点)したもの。点数に応じてアリババ・グループから様々な特典が受けられるだけでなく、この信用スコアの社会的信用性から、海外渡航ビザ取得の際、賃貸物件を借りる際、個人融資を受ける際、婚活の際などでも有利になる。
従業員の評価にもデータが活用されている。タクシー配車アプリの「ディディ」では、配車リクエストに対する応答時間、ユーザーを待たせた時間、GPSとジャイロセンサーで測定する安全運転の度合いの3点でドライバーを評価し、給料などを決定している。
これらの評価システムが導入された結果、中国のマナーやサービスの質が急激に向上したと言われている。
このように、オンラインがオフラインに侵食して溶け込み、あらゆる行動データが取得できる時代におけるビジネスでは、エクスペリエンス(顧客体験)と行動データのループが重要になる。具体的には次のようなことである。
・オフライン行動のすべてをデータ化して保有および活用すること。
・ユーザーと高頻度の接点を持ち、1人当たりの行動データを大量に得ること。
・行動データを得続けるには「楽しい、便利、使いやすい」といった体験品質の高さが必須であること。
・得たデータの活用により、適したタイミングで適したコミュニケーションでのアプローチが可能になり、体験がさらによくなる。
中国では、このようなデータ活用による継続的な価値提供を行う、いわば寄り添い型のビジネスが伸びており、世界的にも今後生き残っていくためには必要な考え方である。
アフターデジタル時代のOMO型ビジネス
ビフォアデジタルとアフターデジタル
これまでの「ビフォアデジタル」は、リアルで接点のある顧客がたまにデジタルでも接点がある状態で、デジタルツールが付加価値となっている。これからの「アフターデジタル」は、デジタルで絶えず接点のある(モバイルやIoT、センサーなどにより行動データが取れている)顧客がたまにデジタルを活用したリアル接点を持つ状態で、リアルの接点の方が少なく、付加価値になる。
OMO(Online Merges with Office)
本書ではOMOを、「オンラインとオフラインを融合し一体のものとした上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理と考えるデジタル成功企業の思考法」としている。オフラインなど存在せず、常時オンラインに接続している状態を前提としてビジネスを考える必要があるということ。
OMOの発生条件として次の4つが挙げられている。
・スマートフォンおよびモバイルネットワークの普及による遍在的なデータ取得。
・モバイル決済浸透率の上昇によってどんな小さな購買行動もデータ化できる。
・幅広い種類のセンサーが高品質で安価に手に入り遍在することで、あらゆる場所や場面の行動をリアルタイムにデータ化できる。
・自動化されたロボットおよび人工知能の普及により、物流も自動化が可能になる。
OMOでは、オンラインとオフラインの境界がなくなっていく。顧客はその時に欲しい物やサービスを手に入れる際、オンラインかオフラインかに拘りはない。その時最も便利な方法(ネットかもしれないしリアル店舗かもしれない)で買いたいだけなので、アフターデジタル以降の企業は様々な選択肢を提供することが大切。どんな場面でも顧客の行動データが取れることが重要であり、そのデータを用いて繰り返し高速で顧客体験を向上していくことが、今後生き残っていくために必要なことである。
OMOの基本的な考え方は以上だが、本書ではOMO型ビジネスの成功例として、中国アリババの「フーマー」が取り上げられている。スーパーマーケット、生鮮食品ECの倉庫、配送センター、生鮮食品を用いたレストラン等を兼ねた施設で、実店舗では高いエンターテインメント性を、オンライン注文ではフーマーの3km圏内であれば30分以内に配送可能という高い利便性を提供している。
また、OMO型ビジネスの台頭で立場が揺らいでいる事例として、スターバックスが取り上げられている。言わずと知れた有名なスターバックスだが、中国ではOMO型ビジネスとデリバリーサービスの拡大により、創立1年足らずの企業に後れを取り始めているという。
どちらの事例もわかりやすく記載されているので、OMOについてより深い理解を目指すならばぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。
アフターデジタル時代に重要な視点
リアル接点の体験化
モバイルで何でも呼び出せる状況になると、わざわざ家の外に出る必要がなくなってくる。リアル店舗に行く価値が減ってくる。そんな状況の中、リアル店舗が顧客を呼び込むには商品の魅力だけでは不十分であり、顧客体験を刺激する仕掛けが必要となる。360度全方位的に空間をデザインしたり、その時や場所でしか体験できないイベントを企画するなど、実際に店舗に訪れないと体験できない魅力的な何かを作り出すのである。それによってリアル接点は体験化し、これからの時代に求められるようになるのである。
様々な作業の自動化・最適化
人間がやっていた単純な事務作業等の「余計な作業」をなくすことができる。これにより、人間の仕事がなくなってしまうと考えるのではなく、余計な処理や情報収集の時間が消えて余裕時間が生まれると考える。その余裕時間は顧客とのより密なコミュニケーションに充てることができるため、それが信頼獲得や感動体験につながるのである。
サービスの個別化
デジタル上で常時接続して顧客の行動データが取れているからこそ、顧客が困っている瞬間とその困りごとが理解可能となり、正しいタイミングで適切なサポートが提供できるようになる。それにより、顧客とのさらなる信頼関係が構築され、付加価値となっていくのである。
アフターデジタルを見据えて日本企業が変わるには
中国企業は組織構造の上方に権力が集中していることが多いため、トップダウンでの大改革が有効となるが、日本企業は組織構造が違うためそうはいかない。日本の場合は、ボトムアップでの小改革を積み上げ、徐々に大きな動きにしていくことが大切。要点は次の4点である。
・経営レベルがアフターデジタルの世界観を理解し、OMO型でDXを行う必要があると認識すること。
・全社全体に大号令をかけるのではなく、ある特定の役員・部長・現場が同じイメージを共有し、実行するためのラインを作ること。
・作ったラインが行動データ×顧客体験の小改革を起こし、上が引き立ててムーブメントにしていくこと。
・成功事例を大義名分に、組織構造やデータインフラを整える大きな動きにしていくこと。
小改革を起こす際には、まずはバリュージャーニー型のビジネスモデルを作ることが目標となる。バリュージャーニー型のビジネスモデルとは、従来の商品中心型ではなく顧客中心型で、なるべく多くの接点を持つことによって顧客の体験を一から十まで追うことで、ずっと顧客に寄り添うビジネスモデルである。
そして、バリュージャーニー型ビジネスモデルを作る際には、「グロースチームがUXグロースハックとUXイノベーションを行う状態」にすることが重要となる。
「UXグロースハック」とは、企業が現時点で持っている顧客接点から行動データを取得・活用し、体験を改善することでビジネス成果を上げていくこと。「UXイノベーション」とは、デジタルを活用した現時点で持っていない新しい接点を作り、ジャーニーを伸ばしていくこと。そして「グロースチーム」は、こうした2つの活動を行い、顧客視点でとにかく高速に成果を出していくチームのことで、一つのスモールユニットにエンジニア、データサイエンティスト、UXデザイナーの3つの機能が必要である。
最後に
本書では主に中国の事例が紹介されており、読み進めていくほど日本の遅れが致命的で、追いつくことはもうできないように感じられてしまう。しかし本書では、日本企業はビフォアデジタルで考えてしまいがちなだけであり、非常に高いポテンシャルを持っていると述べられている。
日本の強みは「対面での質の高い心遣い」である。思考をアフターデジタルに切り替えることができたとき、この日本の強みは最適なタイミング・方法で発揮できるようになり、「世界最高の良い体験」を提供できるようになるのである。
「デジタル後進国」と揶揄されるまでになってしまった日本。といっても、普通に生活しているだけではそのことを実感することはないだろう。むしろ日々の生活は充分に便利であるため、本当に「デジタル後進国」なのか、という疑問さえも出てくる。そんな中で世界(主に中国)との差を確認し、今後どのように考えて進んでいけば良いのか、学ぶべきところの多い一冊だと感じた。もし少しでも興味を持たれた場合は、ぜひ一度読んでいただきたいと思う。